緒形拳さんを悼む

今日も、「恋空」を放送予定が、急遽「ディア・フレンド」に変更。
緒形拳さんの追悼番組が、ここんとこ続いている。
たった一人の役者が亡くなっただけで、各局が予定を変更して、追悼番組。
それだけ、緒形さんが偉大ということか。

しぶ~い役所ではあるが、その存在感はすごい。
昨日オールナイトニッポンでマシャが言っていたが、「たった一度しか共演はさせてもらっていないが、その中で話したことはすべて覚えている。」と。
それだけ、話の中にも重みがあっただろうし、いろんな人に、影響を与えたのだろう。
今日の「ディア・フレンド」を見ていると、息子の直人さんは、ますますお父さんに似てきたなと思った。
息子二人も父の背中を見、いろんなことを学び取ってきただろう。

肝臓が悪いと知っていながら、仕事に打ち込んできたことだろう。そして、最後の作品となった「風のガーデン」では、息子が末期ガンでそれを見守る父親役。何か、因縁めいたものを感じる。
自分の死を感じながら、日々を生きるって、どういう感じなのだろう。
毎日たいした病気もけがもせず、のほほんと生きている私には想像もつかない。
自分がガン宣告を受けたら、まず何をするだろう。最後に何をしたいだろう。
自分の命なんて、何の意識もせずに毎日を過ごしている。
緒形さんが亡くなって改めて彼のブログを見ると、日々の食事の記録、それは彼なりの生きているあかしだったのかもしれない。
マシャはこんなことも言っていた。
「エンタテイメントに関わっている者は、死んでも、その作品は残る。」と。
緒形さんが亡くなっても、毎日こうして追悼番組と称して、彼の出演したドラマが上映される。
それだけの仕事をしてきたし、そういうとらえ方をされるというのもすごい。
今日の「ディア・フレンド」に出演されていた役者さんで言えば、伊東四朗さんだったなら同じように追悼番組は計画されるであろう。ほかの役者さんは?というと、ちょっと…である。

自分が死んだら残るもの。なんだろう?
書作品も、それほど残りはしない。
(今はせめてこのブログだけでも…とがんばっているつもり)
変なエピソードだけが残っていく?そのエピソードだって、時とともに消滅してしまうだろう。
世間の人の心に残る…までいけるはずもないが、せめて友人たちの心の片隅に残って、「そういえばこんなことがあったん。」って言ってもらえるような人間になりたい。

人間はこの世に生まれると同時に、死に向かって生きているともいえる。
その過程の中で、どう生きるか、っていうことが大事だ

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