「汚い」日本語講座

昨日のブログの続き。
今朝は、「勝負事の日です。」とナビ。
何か大勝負があったんかいな?競馬は特にないし、江戸時代あたりで何か・・・・?
といろいろ考えてみれば、今日は、18日。
そう、「一か八か」からきているんだ!(たぶん・・・

先日読んだ本。
金田一秀穂さんの講演を聴いたので、すぐ買い求めた本。
『「汚い」日本語講座』。
日本語が乱れてきたって言うことかな?と思って読み始めると・・・・、実は「汚い」という言葉について、あれこれと考えたもの。
「汚い」から始まって、辞書的意味へ。
新明解国語辞典にある、「汚い」は、「さわったり、そこに身を置いたりすることが、ためらわれる状態だ。」となっている。そこから、「汚いとさわれない」ことへ、そして「さわる」ということに関しての考察。
どんどん話は発展する。
「汚い」と「汚れている」の違いをゼミの学生たちに聞いてみる。いろいろな用法からその違いを導き出す。

そして、日本人の文化へ。日本でもっとも個別的なもの、それは箸だという。
高級な店でなくても箸だけは、割り箸が使われる。ほかの器は、洗ってそのまま使い回すが。
しかし、他のアジアでは、割り箸は使わない。洗って使い回す。
家族でさえ、誰のものと決まっている箸。
それを使って、鍋料理を食べたりする。みんな、それぞれの箸でつつくことの不可思議。

そんな一方で、外国人留学生からすれば、どうして同じ風呂の湯を共有して平気か?と言われるという。
確かに。
西洋では、シャワーを浴びたり、風呂の湯はそのたびに換える。

「汚い」という言葉からどんどん発展していく。
どんどん発展していって、どこへ集結するのかと思えば、最後は、日本人の美学にまでいってしまう。
そして、(私個人の考えだが)なんかまとまらないまま、終わってしまったような・・・。
ただ、「汚い」一つで、よくもまあ、発展して考えられたなという感じだった。
ご本人も、最後に、
書き始めたときに考えていたことと、書きおわったときに考えていたことは、ずいぶん違っていた。…(中略)…読者諸氏も、読み始める前と読み終わった後とで、少しでも違った場所に来た、と思っていただければ幸いである。と書かれている。

何を汚いと感じるか?
きわめて個人的な感じ方の差が出るが、あちこちと限られた範囲内でさまよった後、一つところに収まらなかったこの本の作者のやり方が「汚い」。

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