二月堂、三月堂、そして・・・

8日の東大寺の続き。
そのままの流れで、二月堂へ。
二月堂と言えば、
旧暦二月のお水取りで有名なところ。
そこを目指して、木立の中、
緩やかな上り坂を歩く。
途中、やはり鹿せんべい売り場のあたりで、
鹿が待ちかまえている。
あの黒いつぶらな瞳でじっと見つめられると、
なんだかかわいそうにもなる。
が、気をつけなければならないのが、足下。
彼らの生きている証がそこには確かにある。
ふん、糞、フン、・・・。
まさしく「フン」の二文字通りの丸いコロコロした奴が・・・。
そんなフンをよけながら、
坂道を歩く。
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この古い木の足下はしっかりと根を張っている。
まさしく「根性」があると言ってよいだろう。
その坂道を過ぎると、
「奈良太郎」と呼ばれる鐘楼がある。
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この金は、あの大仏を作った残りで作られたとか・・・。
ちゃっかり、隣の観光案内の人の説明を聞いて得た情報だが。
そしてさらになだらかな階段。
昔の人は、なんでまたこんなに上へ上へと作ったのだろうか?
その階段にも、ふん、糞、フン・・・。
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やっと二月堂の下に着き、さらに階段が。
残念ながら、二月堂は補修中。
階段を上ることはできるのだが、
腰痛を隠しつつきたものだから、ここは無理はしない。
下から、手を合わせる。
そこから下を見下ろすと、遠くに奈良ドリームランドの跡が見える。
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かつては遠足とかでよく行ったのに、
今では閉園。
遠く夢のあと・・・、といった感じ。
二月堂の隣には、三月堂、別名法華堂。
ここも補修中か、固く扉を閉められていて、中すらも見えない。
と、その手前に四月堂。
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二月堂、三月堂は知っていたが、
四月堂まであったとは・・・。
当時は、12ヶ月全て造ろうとしたのだろうか?

そこから手向山八幡宮へ。
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八幡宮ってあちこちにあるけど・・・?
一緒に行った人が、そこの神官さんに聞いてくれた話によると、
もともとは九州の宇佐八幡宮があって、そこの最初の分社がこことか。
東大寺の守り神のようになったんだろうなあ。
ここの次の分社が石清水八幡宮だとか。
そういえば、菅原道真の歌にあったな・・・
「このたびは幣もとりあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに」
境内には紅葉もまだみどりのままだがあった。
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灯籠に鳥の絵が張られていた。
いったい何の鳥なのか?
この八幡宮の使いなのか?

境内の一角にイチョウの木。
そこには銀杏がたわわになっている。
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今は木についているからいいが、
これが落下しはじめると、境内いっぱいに銀杏の香りが広がることだろう。
ギンナンって「銀杏」と書くが、
銀色というよりは、金色。
「金杏」と書くべきでは?
誰が最初にそう決めたのかはわからないが・・・。

そこからずっと下り・・・・。
行きが登りだったのだから、仕方がないとはいえ、
腰痛には響く。
みんなに心配をかけさせないため、
何気な~くそっと歩く。
立ち止まらずに・・・、腰痛は動いていると大丈夫だが、
とまると次の動き始めがつらい。
まあ、たくさんの仏様にお願いしてきたから、
何とかもつだろうと思いつつ、
一歩一歩前へ前へ・・・。
10月とはいえ、歩いていると、うっすら汗ばんでくる。
ここらで、ティータイム。
(次へ続く)

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